Research vol.5

理学療法士 川田尚吾
 
病院の中で障害を取り除くのが一般的な理学療法士の仕事。でもその先にある暮らしや生きがいとは何かと考えたとき、これだけじゃだめだと気付いた。人との関係を紡いで「脱ケア」の人生に持っていく、社会を変えるきっかけのひとつとしてアプローチしている。

《きゅうかくうしお的醸す》プロジェクトの醸す人リサーチvol.5は、筑波大学の助教として地域医療の研究を行いながら、福井県・長野県の医療機関で理学療法士として活動する川田尚吾さん。「生活の中に医療なんて無い方が良い」と言う川田さんの、理学療法士の枠を越えた取り組みと想いを伺った。

2022.1.6 THU TEXT BY JUNKO YANO
川田さんの取り組みはオランダの「ポジティヴヘルス」という考え方もキーワードのひとつ、とのとこですが、まずは一般的な理学療法士と、そこからは外れていると言う川田さんの活動について教えてください。
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松澤 聰
一般的な理学療法士の仕事

ー 一般的な理学療法士はリハビリ専門職と言われていて、人が病気や怪我という困難があった時に、もう一度日常生活が送れるようになるにはどうしたら良いか考えて、障害があるというマイナスの状態から障害を取り除いてゼロに近い状態に戻す、というアプローチをする。なので8割くらいのリハビリ専門職は病院に属している。

理学療法士も”病院”から”地域”へ

ー 最近はケアの現場が「病院」から「地域」へ移行している。これまでは病院という箱の中で「自分らしさを失った状態」でケアをしていたが、人は日常の営みの中で力を発揮するものだし、その方が回復の点でも医療費の点でも良い。
だから病院でなく地域の中で治療をする「地域医療」「在宅医療」が大事だという時代の流れもあり、理学療法士も病院から地域に出てきているが、その数はまだ少数。

地域での理学療法は具体的に何をする?

ー 失われた「人との関係」を紡いでいく、ということをやっている。
これまでは、病院に入院して、地域や友達や趣味などと分断されて「あなたはこの病気や怪我を治しなさい」と、治療に専念していた。それだと病院から帰ってきたときに、趣味や友達、地域との関係をつくり直す必要がある。これからはこの関係づくりの部分も、地域の医療従事者はやっていかないといけないよね、という時代。

ケアする範囲が広がった

ー これまでは「コップを持てるようにする」という治療だけやっていたから、コップを持てるようになったら私の仕事は終わり。
これからは「このコップに誰とお茶を淹れて、誰と乾杯して飲むのか」そこまで紡ぎ直さないと自分たちの役割を全うしたことにはならなくなる。

どうやってやる?

ー 例えばこのコップを持てないというマイナスがあるなら、馴染みの喫茶店に一緒に行ってお茶をする。

ー 家の中で「コップを持ち上げる動作を5回練習しましょう」というリハビリをしても感情が乗らないから手は動かない。でも誰かと話してお茶を注ぎあったりすると手も動くようになる。
喫茶店でお茶するなんて一見遠回りに見えるし、体の機能改善は体のトレーニングに特化した方が良いのではと思われていたが、実は「社会との関係性を紡いでいくことで体も元気になっていく」という順番があることは事実。

ー 「友達と楽しくしゃべりたい、一緒にお茶を飲みたい」という目的があって「コップを持つ」という行為がある。でも医療の概念だと、コップを持てるようになることが目的になってしまう。コップを持てるようになることが人生の目的なわけない。

ー このやり方にハウツーは無い。どの理学療法の教育課程にも教科書にも載ってなくて、現場でやっていくしかないのが現状。それができるのは地域にいる理学療法士の中でも1割くらいだけど、しっかり見ている理学療法士はいる。その人が「コップを持てるようになる」だけでなく、その先の未来を見ている。

ー 元々この領域を担っていたのが看護師や医師。この2職種は地域というフィールドで長くやっていたので「生活や生きがいをどう支えていくのか」という考え方を元々持っている。
それに対してリハビリは病院の箱の中だけやっていたので、理学療法士でこの考えを持っている人はとても少ない。

従来の理学療法士の枠を超えたきっかけ

ー 社会のニーズに自分たちの仕事をマッチさせようともがいて、こうなんじゃないかと個人ベースで考えた結果。社会はどんどん変わっていって、病院の中で「コップが持てるようになった」だけではその人はハッピーじゃない、その先にある「暮らし・生きがい・人生」ってなんなのか、と考えたら、従来の理学療法だけじゃだめだと気づいた。

ー 作業療法士は、地域の中でその人がどう幸せに生きていくか、という考えが古くからあった。作業療法の話はまた難しいけど、そういうところを理学療法士もやっていかないと、という意識になっていった。理学療法士の役割を「生活に戻ることを支える」ところまで広げることを実践・提案している。

ー 今、医学書院さんと「新時代の地域医療」の概念をつくろうと、日本でやってる変態リハビリの事例を集めて概念を抽出する企画も進めている。

これまで理学療法士は、医者の診断書を元にその指示内のことをやっていたが、その範疇を飛び越えている

ー ただそこまで実践できるかというと、8~9割はできていないのが現状。

国内外で既にこれを実践しているところはある?
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矢野
オランダの訪問看護「ビュートゾルフ」

ー オランダの地域医療(プライマリーケア)から着想を得ている。
日本の訪問介護だとまず血圧を測られたり体調を聞かれるけど、その瞬間「病人である自分」と「ケアしてくれる人」という関係になってしまう。病院なら治療が最優先という状況もあるが、「地域にいるのに患者扱い」されることで、その人の力をダウンさせてしまうし、それが当たり前になっている。

ー オランダにはビュートゾルフという訪問看護ステーションがあって、そこの看護師さんは、訪問したらまず一緒にお茶をする。基本的にはドクターの診断書があって訪問看護をするし、治療をすることもあるけど、「あなたは弱い存在じゃないよ」というところから入る、入り口が「人と人」であることが大事。オランダ全域の訪問看護がほぼビュートゾルフ型になっているので、オランダの訪問看護と称して良いくらいこのスタイルは浸透している。

ー ビュートゾルフナースに同行すると、20~30分お茶飲んで終わり、ということもある。「何もしなかったですね」と聞くと「したわよ」と言う。「血圧とか測らないんですか?」と聞くと「多分大丈夫よ」と言う。視てるポイントはおそらくあるけど、お茶を飲んでる時の看護師の感覚を大切にしている。極論何もしてないように見えるけどその中でめちゃくちゃ看護している。

ー 訪問看護し続けないとその人は地域の中で暮らしていけない、ということでなく、「その人から力が湧き出てくればもうケアは必要ない」というコンセプトでやってる。日本だと「看護師やリハビリの人が来てくれるから私は生活できる、ありがとう」となる。僕らもそれにあぐらをかいて「必要とされてる」と満足してしまっている。でもそれじゃだめで「あなたが来なくても私は生きていけるわ」と言ってもらえることを目指している。

<Buurtzorg(ビュートゾルフ)>

ビュートゾルフはオランダ語で、ご近所ケアという意味で、オランダの地域看護師が2006年に創業した非営利の在宅ケア組織。現在は10,000人以上の看護師介護士が参加し、オランダの在宅ケアの約60%を占める規模にまで急成長、グローバル展開もしている。
特徴は、地域に密着した小規模運営による、スタッフや利用者と家族の満足度の高さ。ICTを活用し、業務効率化やコスト削減、チーム内情報共有などを行い、看護師が専門性の高いチームケアを提供できる体制を構築している。
ビュートゾルフは上下関係の無い少人数のチームがそれぞれ裁量権を持って自律的な運営管理をしており、オランダ国内の最優秀雇用者賞を数度受賞するほど従業員満足度も高く、「ティール組織」の成功例としても有名。

https://www.buurtzorg.com

ビュートゾルフの誕生や拡大は医療費の高騰問題とも関係ある?

ー 「保険料の高騰」も背景にある。元気になって訪問看護が不要になれば保険料もかからなくなるから、実際にビュートゾルフの拡大によりオランダは保険料が下がった。ケアを必要としなくなる「脱ケア」のために、その人の自発的な心や活動をどう引き出すかが彼らのプロフェッショナリズム。脱ケアすれば医療費(保険料)もかからなくなるので、それを実践したビュートゾルフを国がインセンティブでバックアップした。

ー オランダでは、医療がその人に介入し続けていると保険の点数が下がっていく。つまり早く「脱ケア」させた方が儲かる仕組み。日本は、その人が患者として生き続けるほど病院が儲かる、脱ケアを進めにくい状況。ちなみにオランダも日本と同じく医療機関は民間の方が多いけど、変わることができた。

日本には脱ケアを進めやすい制度も無いなかで、個人として脱ケアに取り組んでいるきっかけやモチベーションは?
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松澤
社会を変えたいから

ー きっかけは、今勤めている福井県の医療法人社団オレンジ。医療機関だけどモットーに「Be Happy」を掲げている。「Be Happy」を突き詰めたら、その人が元気になって医療専門職が要らない人生になる方が良い。脱ケアすれば国の保険点数は付かなくなるけど、社会を変えるひとつのきっかけになる。
僕は社会を変えたいから、どちらをやるかと聞かれたら、点数は付かないけど、その人を元気にする脱ケアを進めて、それを発信しよう、と。

ー 生活の中に医療なんて無い方が良い。だからこそ、いかに元気にして、医療専門者が生活から距離を置くか。医療に囲まれた生活なんて嫌じゃないですか。

多くの理学療法士の方もこの話は知らないのでは。若い人にも人気の職業だけど、辞めてしまう人も多い。でもみんな「助けたい」という思いは根底にあるはず。川田さんが今やろうとしていることは、これまでの医療の概念を変える。
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松澤
辞めようと思ったこともある

ー 理学療法士を辞めてしまう人の気持ちがとても分かる。自分も辞めようと思っていた。
勤務していた名古屋の病院から地元の福井に戻った時、自分は地域でまちづくりをしたいのに、病院の訓練室の中にいても社会は一向に変わらないと感じた。そんな時に、ファンキーな理念を掲げるオレンジクリニックの存在を知って、ここで理学療法の価値を見出せなかったらもう辞めようと思っていたけど、自分はそこで価値を見出せた。ただ、そこからもうひとつ突き抜けないと町は変わらないと、その気持ちを持ってやっている。

医療や介護現場の人手不足が騒がれているけど、川田さんの目指す医療のあり方が実現できれば、人材は足りる?
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松澤
その人のできることを増やしていくと言う考えが必要

ー 日常的なケアの話をすると、その人ができないことを穴埋めしようとする発想では、人が足りなくなって当然。いかにその人ができることを増やしていくかにシフトする必要がある。そのできることを増やす時に、地域の人たちや友達、配達してくれる人達の力があってもいい。

ー 特に高齢者は医療者に先回りされて、できることがどんどん少なくなっていく。代わりにやってあげることが優しさではない。時間がかかっても、その人ができるようになるのを待つことも大切。それが脱ケアにも繋がる。

要介護状態や病気になってからでは、一緒にお茶を飲むだけでは元気になれないと思うが、オランダでは介入するタイミングはもっと前にある?
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松澤
医療が介入する前に変化に気づく機会を増やす

ー 今の日本では、要介護状態や病気になってからでないと医療が介入できない。オランダも基本的には同じだけど、ビュートゾルフの看護師が地域を見ているから、病気ではない地域の人たちとの接点が豊富。だから「あの人なんかおかしいね」と気づく機会は多い。自分たちの福井のクリニックでも、外来には来れる介護予備軍の人たちとのイベントを増やして会う機会を増やすという取り組みをしている。

ー オランダの要介護認定を出すタイミングが日本より早いかは分からないけど、ボランティアで診てる部分は大きいと思う。例えば屋外を歩けるようになりたい人がいたら、ビュートゾルフだと「この人と歩いてくれる友達を募集する」という社会側からのアプローチをかける。
僕らもそれがやりたい。今はそれがボランティアベースだが、その部分を打破したくて、カフェもやっている。これは外来のもっと生活側。外来に来るというネガティブな訪問でなく、美味しいものを食べに飲みに行く、フィットネスで体を動かしてすっきりする、といった入り口を用意して、いかにそこで出会うかというチャレンジをしている。医学的な言い方をすると「予防」。

軽井沢でのパーソナルトレーナーの仕事

ー 軽井沢ではパーソナルトレーナーをやっている。要介護にならないと僕らはその人に介入できないけど、そうなならないために介入している。これは医療ではないから自費を頂いて、その人たちの自己実現の手助けをしている。「要介護にはなりたくない」とか「綺麗になりたい」とか「ダイエット」とか、目的は様々。そこに医学的な視点を持ってアプローチする点でも、一般的なトレーナーとは違う。

大学での地域医療の研究

ー 高齢化団地において、この人たちをどう元気にしていくか、という研究をしている。従来の介護予防とは違うアプローチで、「その人たちが課題に思っている事を抽出し、その課題に地域ぐるみで向き合った時に、もしかしたら行動が変わり人が集まり元気になるのでは」という仮説を元に、具体的には、団地の中心にある公園を綺麗にすると町がどう変わるのかというアクションリサーチを行なっている。

ー あと研究でやっているのは、訪問リハビリを卒業した人が6ヶ月後どうなっているかの追跡調査。社会的なネットワークが強い人ほど身体機能は下がらないことを証明しようとしている。

社会を変えるための課題

ー 医療において「人との関係を紡いでいくこと」は、その重要性に国も気づいているけど、紡ぎ方を一般化出来ないために推進が難しいという現状はある。「こうなったらこうなる」という式が書けないと医学とは言えない。
これまでの医学の評価体系にはまらないから、「新時代の地域医療の概念をつくろう」という企画もやっていて、枠に収まらない国内のリハビリ事例をナラティブベースで積み上げて、概念を抽出することを医学書院さんと進めていたりする。

従来の医療を変えるより新しいジャンルをつくった方が早い

ー それをやろうとしているのが福井のオレンジや軽井沢のほっちのロッヂ。
それがオランダのポジティヴヘルスの話にも繋がる。

<ポジティヴヘルス>

2011年にオランダで誕生した、健康についての新しい概念。
健康を、静止した「状態」ではなく、社会的、身体的、感情的な問題に直面した時に適応してセルフマネジメントをする「能力」として捉え直したもの。
ポジティヴヘルスは、「身体の状態」「心の状態」「生きがい」「暮らしの質」「社会とのつながり」「日常の機能」という6次元で構成される “幅広い健康” の概念であることが特徴である。 

職業や業界の枠を飛び越えた活動の話に「衝撃」という言葉が何度も浮かぶ取材だった。と同時に、自分のやりたいことを分解して、目的を明確に持ち、実現に向けて多方向からの打ち手に昇華させている川田さんの取り組みは「必然」という言葉の方がしっくりくる。あるべき社会に向かうために理学療法を再構築している、と言えるのかもしれない。
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矢野 純子
今回の醸す人 川田尚吾(理学療法士/助教)

筑波大学医学医療系の助教として地域医療を中心とした研究を行う。研究活動と平行して、福井県オレンジホームケアクリニック・同系列の長野県軽井沢町「ほっちのロッヂ」にて理学療法士・パーソナルトレーナーとして勤務。
視察で訪れたオランダで目にした「ポジティヴヘルス」という新たな健康の概念をベースに、従来の医療・理学療法の枠を超えた地域における医療福祉専門職のこれからの在り方を研究・実践・発信している。

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