Research vol.2

みやもと糀店初代 宮本貴史
 
今与えられている環境で、いかに最善を尽くすか。「進化させるスピード」も「大地が教えてくれる時間の速度」も見失わないように

《きゅうかくうしお的醸す》プロジェクトの醸す人リサーチvol.2は、愛知県西幡豆で「宮本農園」と「みやもと糀店」を個人で営む宮本貴史さん。自分で味噌をつくりたいという想いから農業をはじめ、味噌づくりを教えるなかで麹屋開業に至ったという新進気鋭の麹屋に、麹に関する“いろは”や麹屋としての取り組みを伺う。

2021.11.7 SUN TEXT BY JUNKO YANO
みやもと糀店といえば「黒麹」。メディアで取り上げられたり、著名人に紹介されたりもしていますよね。元々写真をやっていて、そこから農業、麹屋とキャリアを積んできた貴史さんに、麹について色々教えてもらいたいと思います。
映像
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松澤 聰
農業も麹屋もやってる

ー 自分で味噌をつくりたいという思いから、21年前に畑を始めたのがきっかけ。 その前は写真をやっていて、インドやネパールを旅していたけど、体調を崩したこともあり帰国して無農薬農園に研修に行って、そこから自分の農園を持った。

ー 味噌は少量の大豆でつくれるので、最初は余剰分を友達にあげたりしていたが、大豆の生産量や人に味噌を教える機会も増えていく中で「味噌は麹が要だ」と思い、麹も自分でつくるようになった。

多様な麹を生産している

ー 現在みやもと糀店でつくっている麹は、米麹・豆麹・麦麹・黒麹の4種類。材料も無農薬・減農薬などを使い分けている。

これだけの種類を小規模でつくってるところは全国でも他にない。
独自開発した麹の開発もしているし、原材料の米やキビなどを受け取って、依頼されて麹をつくることもある。

味噌ついて

ー 味噌は一般的に、「すりつぶした大豆」と「麹」と「塩」を合わせてつくる。
使用する麹の違いで、米味噌・麦味噌・豆味噌の3種あり、それぞれ80%、
15%、5%くらいが国内の生産量比率。

ー珍しい味噌だと、奄美地方でつくられているソテツの実でつくる「ソテツ味噌」など。愛知県岡崎市の八丁味噌も変わっていて、「潰した大豆を全部麹にして、塩と合わせる」製法。味噌に厳密な定義はなく、大豆・麹・塩を使っていれば味噌と言える。

麹菌の種類

ー 麹菌は2006年に日本の国菌として認められた菌で、アスペルギルス属の菌の一種「アスペルギルスオリゼー」。このうち、何を分解するのに適しているかで使い分けられている。

麹づくりと種麹

ー 蒸した米や大豆に「種麹」を塗して麹菌を繁殖させるのが麹づくりの基本。
「種麹」は種麹屋さんから仕入れている。空中にいる麹菌を採取したり、稲につく「稲麹」を使う方法もあるが、これら天然菌を使う場合は検査機関で毒性有無を調べるよう推奨されている。

種麹屋と天然麹

ー この話を本気ですると分からなくなるという前提で噛み砕いて言うと、「天然菌が良い」という派閥と「日本が何百年も育んで受け継いだ種麹屋の技術を守ろう」という派閥があり、天然菌至上主義のような風潮に対して、菌である以上危ないものを安易に広めるな、といった論争は常にある。最近は両者が交流して穏やかにはなってきたけど。

ー プロの立場からすると、天然菌は安易に扱えないし、よほどの哲学を持っていないと難しい。千葉県の酒蔵の寺田本家や福井県のマルカワみそなど、蔵の天然菌で製造しているところもある。

麹屋のノウハウ

ー 「どの種麹を選ぶか」と「どうやってつくるか」が麹屋のノウハウ。
老舗の麹屋だと代々同じ種麹と製法を受け継いでいたりするけど、うちは初代だからこそ、全国の種麹屋や麹屋に行って研究し、種麹や製法も新たなものを試している。


ー 「種麹の力をどれだけ引き出せるか」「どれだけ損なわずに仕上げられるか」を考えて、季節や用途によっても作り方を変えている。新しい製法で作った際は検査に出して、その成分の数値をひとつの指標として見ている。

もしかしたら麹は要らないかも、という思い

ー 人間は菌の世界を1%も分かっていない。麹菌が人類にとってどういう存在なのかは、「食生活を豊かにする」とは言われているけど、本当のところは分からない。

ー 試してないけど、麹菌のない生活をした方が寿命が伸びるかもしれないし。麹の役割は酵素をつくることで、例えばその酵素でお酒をつくるわけだけど、今は「酵素剤」なんかがあったりする。

ー 麹は良いものだし可能性もすごくあると思うけど、「ひょっとしたら要らないのかも」というのもどこかで思いながら居た方がいいと思っている。

食品以外の麹の用途

ー 全国の醸造蔵の減少に伴い、種麹屋の卸先も減少している。塩麹や甘酒ブームでそれらに適した種麹開発の需要も多少はあったが、農業・水産業・医療など食品以外の分野に麹を展開する研究は今盛んに行われている。

歴史ある業界の中で新しいものを生み出すには

ー 今与えられている環境でいかに最善を尽くすか、どんなものを作りたいか、を考えている。
うちが大手メーカーの製法を知っても環境が違いすぎてフィードバックできることが少ないため、似た規模や環境の麹屋へ行き勉強している。

情報はオープンに

ー 1つ前の世代くらいまでは、同業者間の技術交流もあまりなかったけど、今は交流も増え業界全体のモノが良くなってきた。同じようにやっても環境や道具が違えば味は真似できないことがみんな分かってきたからかも。

ー 自分からオープンにすれば情報もより入ってくる。うちも中に人を入れて作るところも見せていて、そうすると進化も早い。


新規参入の強み

ー 指摘されることを恥ずかしいと思ってクローズするのか、指摘によってレベルがあがると考えるのか。うちは歴史が無い分、オープンにしてどんどん変えることはレベルアップでしかないと捉えている。変えてダメなら戻せばいいし。初代だから教えてくれることもあるだろうし、そうやって勉強している分の知識量も強み。

これからやってみたいこと

ー 全国の蔵を見たり、細かいことも自分でやっている過程で、新しい麹づくりを思いつく。発酵の原理を理解したからこそ、それを展開した取り組みを試行錯誤中。今トライしていることは、2〜3年後に実現できればと考えている。

時間の流れ

味噌も仕上がるまで1年近くかかるし農業もやっているから、日本の四季の中で麹づくりをしているという時間感覚が常にある。

ー もっと早く回せば、目の前のお金や雇用は生まれるかもしれないけど、その分の資材投資も必要だし、先を見据えたらそれが効率的とは思えない。大地に近い畑や農業から離れると、時間の速度がおかしくなる。

麹づくりは子育てに似ている

ー 暑くなりすぎたら冷ましてあげて、温度が低ければ温めてあげる。麹そのものの力を信じて、その力が最大限発揮できるように環境(温度・湿度)を整えるのが麹屋の仕事。

ー 麹づくりはビジネスでもあるけど、育む行為も同時進行。営業も宣伝も子育ても全部ひとりでやっていて、”すごいシングルマザー”みたいな感じ。

きゅうかくうしお的 八丁味噌リサーチメモ

米麹や麦麹を用いず、原材大豆の全てを麹にした豆麹で作られる豆味噌のうち、現在の愛知県岡崎市八帖町で生産されてきた「八丁味噌」。製造業者は、旧東海道を挟んで向かい合う「まるや」「カクキュー」の老舗2社。
木桶に約6トンの味噌を仕込んだ上から合計約3トンの石を手積みし「二夏二冬」熟成させる、という伝統製法を守り抜く2社の蔵見学に行ってきた。

まるや
延元2年(1337年)、太田弥治右衛門により創業。味噌仕込みに使用される木桶の使用年数は平均100年と言われ、まるやで確認できる最古の木桶は元治元年(1864年)製。木桶職人の伝統を守るためにも木桶を新調している。
https://www.8miso.co.jp/
カクキュー
正保2年(1645年)、早川久右衛門により創業。当主は代々「早川久右衛門」を名乗り、現当主は19代目。その品質を認められ、明治34年から昭和26年まで「宮内省(庁)御用達」の許可を得る。樽数はまるやの5倍。
https://www.kakukyu.jp/
味噌や麹の基本や種麹に関する諸説の話、初めて知ることばかりでその奥深さ・未知の領域の広さを感じた。自らも情報をオープンにし、得た知識をどんどん実践することで進化を加速させていると同時に、農業に密接した四季の巡りという時間の流れも大切にしていること、相反するように見えてどちらも時間を大切にしているその信念が印象深いリサーチだった。発酵における「環境づくり」と「時間」の考え方は、我々“人間の集団”を醸す際のヒントになるのでは。次回、日本料理に欠かせない発酵調味料「醤油」についての話を聞きに行く。
宣伝美術
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矢野 純子

今回の醸す人 宮本貴史(麹屋・農家)

「宮本農園」「みやもと糀店」初代。麹業界への新規参入「麹ベンチャー」。
無農薬・無化学肥料で大豆や米を育てて味噌仕込みをするうちに、発酵の世界に魅せられ、海と山、両方を臨む小さな町、愛知県西尾市西幡豆町で麹屋を営み始める。
年間1000人以上の人に「味噌仕込みの会」も開催。

https://miyamotokojiten.com
https://twitter.com/miyamotokojiten
https://www.instagram.com/miyamotonouen.kouji/

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