
Research vol.10
藍師・染師 根岸誠一
ロックでいうところのヘブンズドアーだったり旅をしている時に得る感覚に近いアレを、染め作業や蒅の切り返し、畑で鍬を振る時、日常でもアクセスできるようになる事が「輝く青色」を出す事に繋がる。
《きゅうかくうしお的醸す》プロジェクトの醸す人リサーチvol.10は、淡路島で藍草の自家栽培から伝統的な手法での染料づくり、染めまでを一貫して行なっている根岸誠一さん。藍草を発酵させた染料「すくも」づくりを見学させてもらい、藍が繋げる「醸す」について伺った。
2022.2.27 SUN TEXT BY KYOKO FUJITANI

衣裳
ー 出身は新宿生まれ湘南育ち。淡路の前は大阪で働いていて、9年前、2013年に結婚を機に淡路に来た。そのときは藍をやりに来た訳ではなくて,土を触る暮らしがしたくて。移住先は九州や沖縄を考えていたけど、近いし淡路島で良いやん、てなった。
大阪に居るときはずっと、洋服のリフォーム業に携わっていてデニムのリペアやリメイクをしていた。洋服のことは好きで、その仕事も気に入っていた。でもアパレルをやりたい訳ではないというか。
自分が使うのは技術とセンスだけで、衣食住の「衣」を司る、というところに納得していた。
ー 淡路島では農繁期のバイトとか色々していて。そのうち友達と畑を借りてタマネギや米を育てたりして。でもそれを仕事にするつもりは無くて、農ライフとして楽しんでいた。
ある時、たまたま藍の種を友達にもらったから借りている畑の隅に蒔いてみた。植えてたのも忘れてたくらいで、「あ、藍や!そういや植えとったな」て。調べたら、これで遊べるらしいと。それで友達のこども達とか集めてワークショップやったら、ほんまに葉っぱから青色が出るっていうのにすごい感動した。めっちゃおもしろくてはまっちゃった。
映像 松澤
ー そう、生の葉をミキサーにかけて、藍汁みたいなものを作ってそれで染めると、すごい薄いスカイブルーみたいな感じになる。
「すくも作り」とは藍の葉の凝縮版の染料を作ること
ー 藍の葉をグニグニ触っていたら手が青くなる。でも色素は葉の中に1%未満しか入っていなくて、そのまま集めても色素の絶対数が少ないから濃い青色にならない。それで、残りの99%を分解して凝縮版を作るために、この発酵の作業を行う。
刈り取った葉を乾燥させて、冬場に約3ヶ月半かけて発酵して出来上がったものが「すくも」という染料。藍師さんの仕事は、この「すくも」という染料を作ること。
ー 枯草菌は納豆菌と同じバチルス菌で藁にもいる。すくも作りの時は冬場で寒いから布団をかけてあげるんだけど、それは藁のムシロを使っていて、相互作用で良い感じ。枯草菌は好気性の発酵だから水と酸素をあげるために週1回「切り返し」をして分解するけど、たぶんこの時に染めの方で活躍する「還元する菌」の培養もしてる。
ー これが葉藍。刈り取ると葉も茎も全部ついている状態だから、まず選別の作業がある。「藍こなし」といって。うちの場合は、葉と茎を粉砕器にいれて、大きな扇風機で煽る。すると茎は手前に落ちて軽い葉だけが遠くに飛ぶから、それで選別して乾燥させる。
それを夏の間少しずつ何回もやって乾燥した葉を貯めておいて、冬場に一気に発酵させる。
映像 松澤
ー 調べたのもあるし、徳島の藍師さんのところに勉強しに行かせてもらった。藍師を仕事としてやってるのは今5軒しか残っていない。しかもそのうち専業でやっているのは2軒という状況で。そのうちの1軒に僕はずっと通って、今も相談しにいったり教えてもらっている。
ー そこに住み込みとかでいた訳ではないから、師匠と弟子とはちょっと違う。すくもづくりの「切り返し」という作業が週に1回で合計18回か19回、それを1シーズンずっと通って見させてもらって真似た。師事してたという感じ。
ー 今、規模は小さいけど、藍師と染師を自分で一貫してやってる。もともと藍師と染師は分業していて、最近両方やる人は増えてはきたけど、ここ4〜5年の話かなと思う。一貫してやっていると愛着もわくし「自分が作った青色」と言える。
すくも(蒅)…本藍染の原料の一つで、藍の染料。
夏に収穫した蓼藍(タデアイ)の葉を乾燥させ、寝床と呼ばれる発酵場所で秋から冬にかけてほぼ100日間、水遣りと上下切り返しを繰り返しながら発酵させていく。
発酵の最中の温度は70℃近くにもなり、アンモニアガスも充満する条件下で製造される。
すくもを製造する専門職を藍師と呼ぶ。
宣伝美術 矢野
ー まず「すくもづくり」を1年かけてやる。春に種を蒔いて育てて、夏に刈り取って葉と茎をわける。葉は夏場に乾燥させて貯めておいて、冬になったら葉を集めて、3ヶ月半から4ヶ月かけて毎週水を打って切り返しをして発酵させるとすくもが仕上がる。枯草菌による「分解」という発酵。
ー 次に、仕上がったすくもを二次発酵させて染色液をつくる。すくもをそのまま衣類にすりつけるわけにはいかないから、すくもに入ってる色素を液中に溶かしだすために、分解とは違う「還元」という作用の発酵を使う。
ー この染色液に生地を入れて染める。水溶性の色素が生地に付いて、それを引き出して酸化させると、色素が定着して青くなる。
衣裳 藤谷
ー 泡が青いのは空気に触れて酸化してるから。水に溶けた状態は茶色とか黄色。液面も青く見えるけどその下は茶色。
ー 色素を引き出す微生物は全部すくもの中にいて、後から添加する訳では無い。お酒作りみたいに「酵母菌を入れる」みたいなことはせずに、灰汁で作る強アルカリ性の環境のもと発酵が進む。
映像 松澤
ー 化学的に菌の働きはだいたい解明されているけど、こいつらがどうやったら元気になるかとか、もっと増えるかとかの理解を深めることはまだまだできると思う。
僕らは菌が活躍し易い環境を整えてあける立場。その環境ってのが、強アルカリ性だから、貝灰とかで環境を作る。
でも仕事すると菌も疲れてくるから、そういうときは「ふすま」っていう麦の皮をおかゆ状にして、それを餌としてポトポト入れてあげて撹拌して、1~2日置くと、それ食べてまた元気になって色素を引っ張りだしてくれる。
きゅうかくうしお
ー 米ぬかも試したけどやっぱりふすまが一番よくて。すくもから色素を強制的に引っ張りだすケミカルは開発されてる。でもそれを使うと醍醐味を失ってしまうというか。微生物の活動を無視した無機質なものになってしまう。
染色液のベースは木灰のうわずみ液とすくも。山の間伐活動で採れた木材で暖をとって、その灰に汲んできた湧き水を加えて、撹拌して沈んだ後のうわずみ液とすくもで染色液を作っていく。このうわずみ液が 強アルカリ。その強アルカリの状況ですくもにいる微生物が目覚めて、濃い色素をいっぱい出してくれる。少しずつうわずみ液を足していって呼び覚まして、色素を増やしていく。
映像 松澤
ー 発酵が進むとアルカリ度が落ちていって、染色液の液量がいっぱいの時は灰汁を足せないから、 貝灰を使う。僕たちが大切にしてるのは、なるべく自分達の営みと自然の営みとを重ねること。この工房も下水が整っていなくて、排水がそのまま海に流れていく。だから、流して良いものだけで営みを作ることを考えている。
ー 別にオーガニックマニアとかではなくて、ここの海で獲れる魚を食べるし、単純に気持ち悪いじゃん、みたいな。海が見えるところにいるから、というのはめちゃくちゃでかい。納得できるやり方でやりたい。街中だったらぼやけてしまうものが、ここでははっきりみえる。
映像 松澤
ー 匂いじゃないけど、ぬめりとかで調子をみるような感じ。電気みたいなのが伝わってるんじゃないかなって思ってる。
ー 手の表面には油があるので、色がついてもゴシゴシ洗えば落ちる。爪は深く入るので落としにくいけど、毎日のことだし汚いものでもないので、ゴシゴシ洗わない。
これが徳島だったら、青い手を見て「あ、がんばってるね!」て言われるんだけど、淡路で最初の頃は「ゆび挟んだんか!」て言われたりしてた(笑)。
映像 松澤
ー 一番下にすくもがたまってるので撹拌する。混ぜることで色素が広がる。仕事の終わりに撹拌して、2日仕事したら1日は休ませる。すくもから色素が出る時間を作ってあげる。
混ぜる以外に、灰汁を足したり、貝灰やふすまをあげたりしてお世話してあげる。
最後に液を捨てる時に貝灰もふすまも無くなっているから、微生物が食べてるんだと思う。自分は飼育係。彼らに同調するというか、チャンネルあわせるみたいな感じ。同じ気持ちになって考える。
ー ロックでいうところのヘブンズドアーとか、職人の境地と微生物の感覚がすごく近しいところにある。宇宙のどこかにポンと置いてある意識体みたいな、いつでもどこでもアクセスできるけど、どこかのチャンネルに入っていかないと届かないというか。
映像 松澤
ー アスリートでいうところの「ゾーン」。言葉にすると胡散臭くなるけど(笑)。でも、温度・湿度・PH値だけじゃないものが絶対ある。地球が毎日こんなにすごい距離を移動して違う場所にいて、他の星や太陽と月との位置関係とか変わってるから。微生物はそれに呼応するように活動している。そこを読み取る、近づく、という作業はすごい重要なのかなと。そうすれば自分も生き物として正しい判断ができるようになると思う。
映像 松澤
ー 色合い的には赤みが強いとか青みが強いとか、そんな違いはある。理由はほんまに位置関係もあるし、単純に天候とかもあるから。雨が多かった年はちょっとこんな感じやなとか。
ー 青色のコントロールは難しい。僕の先生は宇宙の位置関係とか意識しているわけではないけど。職人として向き合い続けた先に到達したような感覚にいて。たぶんどこかで感じてるけど言葉にはしない。でも同じ青色でもエネルギー値の高いモノを生み出すというか。
いい青を出すにはまだまだ色々あるなと。
衣裳 藤谷
ー 輝く青。抽象的だけど、「うちの藍は輝く青」っていってる。どの色味やっても輝く青が出せるように。
海の近くに住んでるのは青のためではない(笑)。でも潮風を浴びていたり潜在的な影響はあると思う。ミネラルが豊富とか、その辺は気に入ってる。
宣伝美術 矢野
ー あれは淡路島の写真家が撮ってくれた淡路島の水面で、データ化して模様を型に起こして手ぬぐいを作っている。模様作る人ってよく自然を抽象的にして表現したりするけど、そのままを模様に起こしてみた。
宣伝美術 矢野
ー 土を触って暮らしていきたい、それを実現できるツールを見つけたって感じ。こんな言い方したら伝統的にやってる方にめちゃくちゃ失礼だけど、ツールとして藍を続けることで、今までやってきたことも活かされるし、こういう暮らしをしていきたいというのにもはまる。それで納得して、夢中になって、今やってるっていう。
ー 淡路島に来てからは9年だけど、藍を始めてからまだ5~6年。妻は大阪にいる時、パーティのデコレーションとかテレビのセット作ったり空間を作ることをしていたので、今は、15mの壁を藍の花で埋めたりとか、藍を使ったインスタレーション作品をつくる活動をしている。
もちろん畑仕事も藍も夫婦2人で取り組んでいて、お互いこれまでやってきたことが藍というツールで活かされている。それが、すごい納得してるって感じ。
映像 松澤
ー 「藍、めちゃくちゃいいじゃん」という納得から、すごい広がりが生まれて、今までつながりが無かったいろんな人とのご縁が生まれたことが、納得というか喜びとなっている。これでいこう、ありがとうみたいな。
ひとつの答え
ー 今年の元旦から、藍で染めた水引のお守りをつくって淡路島の神社で販売を開始した。実際に結ってくれているのは島の障がい者の方々で、すごい人気で再生産が続いている。
これは、今までやってきたことのひとつの答え、結果がつくれたと思っていて。それぞれの立場でみんなで協力しあうことで1つのものごとができるって、すごい楽しいじゃんて。誰1人欠けてもできないし、皆に役割があって。それは藍が全部繋いでくれてるから。
ー たぶん僕、ボブよりもジョンよりも「あいしてます」って言ってる。市役所でも神社仏閣でも初めましての人にも「藍してます、根岸と申します」て、口だけだったらそろそろボブもジョンも超えてると思う(笑)。恥ずかしげもなく「あいしてる」って言えて、それが気持ちいい。
宣伝美術 矢野
ー 暮らしのなかで藍をやってる感じ。だから続けられてるのかな。たぶん時給換算したらめちゃエグい、おそろしくて計算できない。まあ皆そうだと思うけど。
でも納得してる部分てあるじゃないですか。気持ちよさとか、それで得られる喜びとかご縁みたいなのは最高のご褒美だから。だから続けていきたいなという感じ。
映像 松澤
ー 活動ということだと思う。その活動には良いも悪いもあって、どっちでもいいんですよね。正解も不正解もわからない中で、活動し続けるということ、醸し続けることが気持ちがいい。それが証明みたいな感じかな。
自分の証明…でも自分て言うと違う気がして、言葉に詰まったんだけど。生き物として、発酵させてる微生物も腐敗を進める微生物も含め、いい人も悪い人も含め、みんな醸してる、活動し続けているってことが生きてる証明なのかな。
宣伝美術 矢野
ー 宇宙から地球みたらすごくきれいだと思うんですよ。静なところにポンとあって。すごく調和がとれた状態で。そういう青がつくれたらいいな、目標というか。
宇宙からみた青って海じゃないですか。でも地上から見上げる青色って何なの?て、それをロマンチックに言えるようになりたい。
映像 松澤
ー Respect with harmony
大体の日本人が知ってる聖徳太子先輩の言葉 ”和をもって尊しとなす” の英訳なんですが、近頃みょうにしっくりきていて。
いろんな人やそれぞれの考えが同じ時代に生きている事実、輝く青を出す為のキーワードじゃないかなと思っています。

衣裳

宣伝美術

今回の醸す人 根岸誠一(藍師・染師)
兵庫県淡路島にて、”おのころ藍”と名付けた蓼藍の栽培から染料づくり、染色までを一貫して行う。 自然に寄り添う暮らしの中から生まれる青色と、地域に根ざした活動で藍にまつわるモノコトの地場産業化を目指す。
2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』では藍に関するシーンの演出、指導として参加。
「AWAJI 藍 LAND Project」主催。
https://onokoro.blue
https://www.instagram.com/awaji_i_land_project/